死と暁の女王








涙が零れる。

ただボロボロと、とめどなく。

あたしが悲しいわけじゃない。あたしが苦しいわけじゃない。

ただ、勝手に流れ込んでくる感情の渦があたしをこんなにしているだけで。





そこは遺跡。

随分昔に滅び去った王朝の遺物であり墓でもある。

そこに隠された宝があると聞いてガウリイと二人でやってきたのだったが。

仕掛けられた罠を外し、迷宮を踏破して最後に辿り着いたのは玉座の間。

そこに在ったのは古びた服を身に纏い、死してなお威厳を損なう事なく
坐する、古(いにしえ)の女王だった。

その腕に抱かれているのは彼女の子だろうか。

最後まで我が身を挺して庇おうとしたのか、彼女の身体には至る所に矢が刺さり。

痛々しげな傷跡は、時を経ても消える事はなく惨劇を今に伝える。

先に息絶えたであろう子を抱き締めながら、彼女の魂もまた冥府へと流されて。

残ったのはただ、亡骸のみ。

慈しみあった時間も想いも、総て時の彼方に流れて消える。

どんなに、お互いを大切に思っても。

死して記憶が消えていくと共に、すべて。



『愛してたわ・・・。息子も、民も、輝ける我が国の総てを妾は』

幻聴が、聞こえる。

『妾が全霊をかけて愛したものたちを奪ったのは、かつての我が夫だ。
そなたの隣に立つ男。そやつもいつ、お前の大切なものを奪うとも限らない』

「そんな事、ないわ」

しっかりと、石畳を踏みしめて対峙する。

『妾もそう信じていた。共に生きようと、生涯かけて誓った相手だったというのに。
いともあっさりと裏切られた。彼の血を引くこの子すら、奴は自ら手にかけた』

闇を湛えた眼窩から零れる紅い雫。

『男など信じるものではない。他人など信じるものではない。
人は己以外を信じても幸せになどなれない』

「それはあんたの見る目がなかっただけよ」
キッパリと言い切ったあたしに彼女は言った。

『見る目が無い、と?』

「そうよ、あたしはこいつを信じてる。
こいつはノーミソ足んなくて剣の腕しかとりえがないけど、あたしは
ガウリイになら、たとえ殺されても後悔しないわ」

もちろん、そうなったら全力でぶちのめして目を覚まさせてあげるけど。
心の内で言葉を続ける。

『ならば、試してみるか?』

女王は静かに哂った。

『その男の中にある暗い感情、それを表に引きずり出してやろうか?
それを見てもなお、そんな風に信じられるのか?』

静かに、言の葉に毒を含ませ囁く女王。

彼女を睨んで、あたしも笑った。

「そんなの、とっくの昔に知ってたわ」と。

隣に立つ彼の肩が、ビクッと一瞬震えた。

「ガウリイがあたしをどうしたいかなんて、とっくに知ってたわ。
でも彼はそれを一度も本気であたしに押し付けなかった。
そんなもの、見せなければないのと同じなのよ」

『それがいつまでも続く保証などないと言うのに』

「そうね。でも、キチンと折り合いのつくまで話し合う事は可能だわ。
何も言わずに拒絶する事も、何も告げずに一方的に押し付ける事もあたし達にはない」

『よくもまぁ、そこまではっきりと言い切れるものよ』

呆れたような女王の声。

「真実は、わからないわ。でも、積み重ねてきた歴史を真実とする事はできると思う。
あたしにとって、今までガウリイと来た道は信頼に足る歴史。それが真実」

『では、先は判らぬではないか』

「先の事なんて、そうなってみなきゃ判らないわ。
んで、もしこいつがあたしを裏切るのなら仕方がないって言うだけよ。
まぁ、あたしも黙ってやられてやるようなお人好しじゃあないけどね」

「おい、オレは・・・」

不満げな声で口を挟もうとするのを片手で制し。

「こいつがいなかったら、あたしは今、ここに存在していないわ。
だから、どうあってもこいつが己の意志を通したいと言うのなら。
どんなに時間をかけててでも、お互いの共存の道を探るわよ。
それでも結論が出ない時には・・・そうなった時点で考えればいい事よ」



あたしの返答に、女王は満足したようだった。



『ならば、その剣を取れ。しばしの時だけでもそなた達を護るであろう。
さぁ、我が玉座を貫く剣を抜け』

その言葉に従い、無言のままガウリイは玉座に近づき柄を握った。

『・・・・・』

あたしの耳にも聞き取れぬほど小さく、女王は何か囁いたようだった。

彼は小さく頷くと、一息に剣を引き抜いた。

シャラン、と涼やかな音を立てて。

刀身は、生まれたばかりの暁を反射して輝いた。

同時に、窓から差し込む暁に焼かれ崩れゆく悲しき母子の姿。



「どうか、安らかに」



黙祷を捧げて、あたし達はその場を後にする。





「・・・娘。 どうか総てを灰燼に・・・」

最後に聞こえた願いを叶えるべく、あたしは呪文を唱えた。















この暗さは一体何なんでしょうね(苦笑)
これもお蔵入りしてたのを引っ張り出したものです。
変な所はどうぞスルーしてやってくださいませ(ぺこり)